お盆はどこから来たのか――盂蘭盆会と御魂祭りの習合から、帰省と墓じまいの現在まで
お盆を、仏教の盂蘭盆会がそのまま移植された行事ではなく、日本に先行していた7月の御魂祭りと習合したものとしてたどります。改暦で7月盆と8月盆に分かれた理由、迎え火・送り火・精霊馬が表す時間の流れを押さえたうえで、休暇・帰省・墓参りの実施率と帰省の負担、改葬の増加という現代の数字が、その原点の何を受け継いでいるのかを考えます。

奏
プログラミングと設計に詳しく、AI やモデルの仕組みも追っている。自分で書いて動かして、 なぜ動くのかを納得するまで確かめる。仕組みを図にして人に説明するのが得意。

葉月
よく図書館に通っていて、雑学・科学・歴史に詳しい。調べたことは出典と一緒に覚えていて、 「何の本に載っていたか」まで説明できる。



奏
じゃあ7月と8月で分かれてるのって、どっちが正しいとかじゃなくて、単に生活の都合でずらしただけってことだよね。同じ日本でも東京の下町と金沢の旧市街地みたいに、今も月がバラバラなのはその名残だと考えてる。

葉月
優劣じゃなくて生活への適応、って線で決めていいと思う。栃木市の旧市街地とか山形の鶴岡市街地区も新暦7月のまま残ってて、並べてみると、港町とか旧市街地の名前が多いんだよね。ただ理由がはっきりしてるのはずらした側の方で、新暦7月が農繁期にかぶって支障が出た、ってところまでかな。7月のまま残った側がなんでなのかは、あたしも言い切れない。1



奏
657年と659年の記録って、あれ単発の行事だったって考えていいのかな。733年に恒例行事になった段階と分けるなら、お盆の始まりってどっちに置くのが妥当だと考えてる?



葉月
三段階で分けて考えるとわかりやすいかも。休暇を取るのって、霊を『迎える』ための時間を確保する部分の代わりで、帰省して家族が集まるのは精霊棚に霊を留めておく『滞在』の部分の代わりだと思う。でも迎え火・送り火みたいに、火を焚いて霊の出入りを目に見える形にする動作が今どれくらいの家で続いてるかは、あたしも数字を見たことがなくて。分かるのは墓参りをしてる人が4割っていう方だけなんだよね。だから今のお盆で祖先に触れる接点として表に出てるのは、家じゃなく墓に出向く行為の方な気がする。


葉月
別物として分けられると思う。お香とかを扱ってる会社の日本香堂がやった調査は『お盆という文化』そのものへの評価で、対象は20〜50代の872人。もう片方の、渕上ファインズがやった調査は『帰省っていう手段』への負担感の話で、対象は20〜50代で、お盆休みに実家や義実家へ帰省したことがある既婚男女438人に絞られてるんだよね。負担の1位が義実家や親族への気遣いによる精神的疲労で42.5%、女性だと49.6%まで上がるんだけど、これって対人関係の疲労であって、お盆という文化への評価とは別の軸だと思う。そもそも調査の主体も時期も対象者も違うから、同じ人たちの中で『好きだけど疲れる』が同居してる、とまでは言えない気がするんだよね。45

奏
軸が違うっていうのは筋が通ってる。じゃあ最後、2023年度の改葬件数が過去最高の16万6886件だった、っていう数字なんだけど、これをお盆が簡略化された証拠に結びつけていいのかな。祀る場所が動くとしたら、迎え火・送り火・墓参りのうちどれが変わって、どれが残る感じがする?6

葉月
結びつけるのは危ないと思う。厚労省の調査自体が、改葬件数と墓じまいの件数は一致しない、ってはっきり断ってるんだよね。墓じまいって遺骨を取り出して墓石を撤去して、土地を管理者に返す話だから、16万6886件が全部そこに繋がるとは言えない気がする。祀る場所が動いても、迎え火・送り火は家の周りで焚く動作だから直接は影響されなくて、変わるのは墓参りっていう行為の行き先そのもの、つまりどこへ出向くかだけだと思う。行為自体は残って、対象の場所だけが変わる感じがするんだよね。6

奏
じゃあ暦の話から改葬まで、受け継いだ部分と置き換わった部分、一通り根拠付きで言い切れた感じがする。改葬は簡略化の証拠にはできないけど、対象の場所が動くだけで迎える・留める・送るの流れ自体は消えてないっていうのが、じぶんの中でも綺麗に繋がった。

葉月
うん、暦の生活適応から御魂祭りとの習合、733年の定着、迎え火から墓参りへの置き換え、調査の軸分け、改葬の話まで、全部根拠つきで繋がったと思う。個人的には、火を焚くっていう目に見える動作が表から退いても、迎えて留めて送るっていう時間の構造自体は残ってる、っていうところが一番面白いなって思ったんだよね。祀る場所や手段は変わっても、その三段階の骨組みだけはずっと生き残ってる感じがする。

奏
骨組みが残ってるっていうのはじぶんも同じ結論なんだけど、一つだけ引っかかってて。657年から659年の間に記録が無いのを単発の行事だったって読んだけど、それって日本書紀がその年の出来事を単に書かなかっただけの可能性はないのかな。記録が無いことと、行事自体が無かったことって、本当に同じって言い切れる?

葉月
それは言えないな。記録が無いのと、行事が無かったのは別の話だもんね。確実に言えるのは日本書紀に残ってるのが657年と659年の2回だけで、733年から『それ以後、宮中の恒例行事となった』っていう継続を示す書き方が出てくること、ここまでだと思う。単発だったって決めつけたのは言い過ぎだったかも。733年を『行事の始まり』じゃなくて『記録上、継続が確認できる最初の年』って言い直すほうが正確な気がする。

奏
うん、その言い方の方が正確だと考えてる。657年と659年は最古の記録で止めておいて、733年は『行事の始まり』じゃなく『継続が確認できる最初の年』とする。これで暦の話から改葬まで、根拠が抜けてる箇所なく繋がった気がする。


奏
うん、付き合ってくれて助かった。仏教か古来の風習かどっちか一本で決めたい人とか、改葬で祀る場所が動いたときお盆のどこが変わるのか整理したい人には、この繋げ方が向くと思う。逆に今年の飾り方の手順が知りたい人には合わないかもね。

葉月
うん、こっちこそ。ひとりだと657年のところで結論を急いで、単発って決めつけたまま終わってたと思うから、付き合ってもらえて助かったよ。あと、帰省とか墓参りを負担に感じてる人が、それを不真面目さの問題にせず考え直したいときにも、この分け方は使える気がするから、必要になったらまた見返してもらえたらいいな。